2010年11月28日(日)
産経新聞に『木暮荘物語』の書評を書かせていただきました

「性」絡めた不思議な感触
三浦しをんにハズレはない!本書は連作短編集で、都心だけれど、のどかな住宅地、東京・世田谷代田のぼろアパート「木暮荘」をめぐる7つのお話です。
今回は「性」がかなり前面に出てくる、ちょっと不思議な感触の物語群。
友人の死に際の言葉をきっかけに、途絶えて久しい女性との関係を渇望するようになってしまった大家のおじいさんの、必死なだけにどこか滑稽な言動。夫の浮気を、夫のいれたコーヒーの味の変化で気付いてしまう花屋さん。乱れた男関係の女子大生と、上の部屋に住み天井の節穴から彼女の生活を覗いているサラリーマンとの、黒飴が繋ぐ奇妙な友情(?)。
ほかにも、ほのぼのしたり切なかったりの、住人や周辺の人たちの、性を絡めたさまざまなエピソードが、微妙にリンクしながら進んでいきます。
いつもながら魅力的なのは、比喩の使い方。ピンクのアンスリウムは「甘そうな果物みたい」に朝の光を弾き、駅の壁の茶色の腰板は「山奥の分校みたい」な懐かしさで、冷静かつ親身な眼差しは「犬か猿に芸を仕込む調教師のよう」等々。
さて、7篇中一番のおすすめは「柱の実り」です。
木暮荘に惹かれているトリマー、美禰の淡々とした日常に、突然ありえない世界が入り込んでくるのですが、細部がリアルなため突拍子のなさが霞んでしまい、ごくフツウな感じに話が進みます。
ところが、犬の美容院や、プードルを飼うヤクザのちょっとした描写をくすくす笑いながら楽しんでいると、著者の傑作『光』を思い起こさせるような、言い表しようのない虚無や戦慄を感じる文章が何気なく挟まれて、ふっと背筋が寒くなり、瞬間、安息も希望も何もない真っ黒な世界が現れる…。
凄みを感じさせる一篇、さすが三浦しをんです。
ところで「柱」にはいったい何が「実って」いたのでしょう? それは読んでのお楽しみ。
皆様ご一緒に、いざ、しをんワールドへ!(祥伝社・1,575円)
評・鶴沢寛也(女流義太夫三味線)